今はこれが精一杯。
ごめんなさい、リクエストしてくれた方!
彼女は細く今にも折れそうな指で机を叩きました。小さく、とんとんとリズミカルな音がまるで何かの演奏会のように静かな部屋に響きます。
「ねえ、そこのあなた」
青年は少し驚いたような顔をしてこちらを見ました。彼女は満足そうに微笑みます。
「そろそろ神々の戦争が始まるわよ。あなたは兵隊ではないの?」
「わたしは弱いのでゼウスさまに呼ばれなかったのでございますよ」
青年がよろよろと答えると、彼女は納得して、黙ったまま指を組みました。細い指がまるで真っ白な飴細工のように組み合わされて、それはまるでこの世のものではないかのよう。そのままとろとろと溶けてしまいそうな指を、青年はただ見ておりました。
「では、わたしはどうなるの?」
「あなたはそこで見ているだけでいいのです。ゼウスさまが見初めたあなたはこの見晴らしのいい、世界を見渡せるように高い丘の上で全てを、無傷のまま、見ることができるのです。全てゼウスさまからあなたへの贈り物でございます」
「そうなのね」
彼女は、この世で最も太陽に近い場所で静かに白い指を組み、静かに睫毛を伏せ、静かにそこに座っていました。
「動いては駄目?」
「分かりません。ゼウスさまからおゆるしは聞いておりません」
「きっとこの戦いが終われば、あのひとはわたしを忘れるわ」
彼女は前方に広がる美しい世界を見つめていました。
「きっとわたしを忘れて、違う女の人をどこかに連れ去って、あの綺麗な奥さんを怒らせて、泣きながら謝るんだわ。全く、おばかなひと。あわれなひと。けれど、わたしはあのひとのことを忘れられないのよ、きっと」
「何故ですか?」
「愛しているからとか、そういう可愛いものじゃなくて。ただ単にあの人そのものが網膜に、脳幹の奥底にしっかり焼き付いて、死ぬまで離れないと思うの。この戦争でどちらが勝っても、あのひとが死のうとも、もうわたしには関係ないのね。だってあのひとはわたしを忘れるもの・・・・・・だからかしら」
「何がですか?」
青年が問うた時には、彼女はゆっくりと太陽の熱に溶かされていました。彼女はゆっくり瞳を閉じて、にこにこ微笑んでいます。
「私はここで神様となるの。あのひとみたいに心のあるものじゃなくて、何も持たない漆黒の闇に近いものに。わたしはここで、この戦いを、その後も、全て全て見守り続けるわ。きっとあのひとはわたしをこうしたかったの」
彼女はふわりと微笑むと、あとは原型を持たずに溶けいきました。
「また愛しいものを失ってしまった」青年に扮したゼウスは溜息をつきました。
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