「からいですか」
「辛いな」
屋上を乾いた風が吹いた。もう秋だ。この前までセミが鳴いてたのに。
「知ってますか? 「からい」って「つらいって」読むんですよ」
「そんなに莫迦に見えてたのか」
「いいえ。・・・つらいですか?」
彼は一呼吸おいた後、ゆっくり「辛いな」と言った。
「からいんですか? つらいんですか?」
「だから、辛い」
「あーもう! 文章じゃわかりにくいんです!!」
ヤケになって叫ぶと、彼は苦笑いを浮かべた。
「からくて、つらい」
どっちもだ。そういうと彼はあたしの方を見て「マヌケ面」と言って笑い出した。
なんとまあ失礼な。けれどもこの人になら笑われても全然平気。おい、あたしどれだけこの人のこと大事に思ってるんだ。
この人はまだあの綺麗な人のことを大事に思っているのにね。
けど。
これから先、普通に生きるだけでたくさんの人を失うだろう。
知らない人、友達、大切すぎる人、全部。
その度に立ち止まってもいいんじゃないですか? ちょっと振り返って、
それからまた笑って歩ければ上等。
彼の持っている袋からひとつ取り出して食べた。辛いもの苦手なのになあ。
「からくてつらいです」
「だろ?」
彼は笑った。いっぱい笑った。あたしも笑った。でもいっしょに涙も零れた。
けれどもまだ笑えるのなら、あたしたちは大丈夫。
ご冥福を祈ります。彼の大切な人に。
幸福を祈ります。あたしの大切な人に。
End roll
(清らかに儚げに 優しく散った命のおしまい)
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