世界の終わりなど信じぬもの。されど、世界の破壊を信ずるもの。
地獄の竜黙示録 3 かいつぶりの瞬き
アキラはゆるやかに立ち上がった。すぐに、周囲から人が方々に走り出す。下らない。アキラは眉間に深い皺を刻み込み、持っている包丁についていた血を舐めた。
彼の足元には男が目を在らぬ限りに開いて倒れていた。腹部、胸、首、足、至る所から血が流れ、アキラの黒い革製の靴を濡らした。それに構わず、アキラは綺麗にした包丁をだらりとぶら下げるように持ちながら、よろよろと大股で歩く。町の角をひとつ越えると、そこには老人が小さく縮こまりこちらを見ていた。アキラの手にする包丁を見て老人は小さく悲鳴を上げる。アキラは歯を見せて笑い、包丁を勢い良く老人へ突き刺した。痛々しい悲鳴が辺りに響く。しかしアキラは包丁を引き抜き、また老人へと刺した。二の腕、腹、肩や胸。アキラがまた再びゆらりと立ち上がる頃には、老人は既に息絶えていて、いくつもの傷と大きな血溜まりだけが残っていた。
アキラには、突然宣言された「世界は崩壊致します」の意味が分からなかった。彼はまだこの世界で遊びたかったからだ。友と遊び、娯楽を楽しみ、女へ手を伸ばす。その全て、一瞬一瞬のきらめきにアキラは枯渇していた。もっと遊びたい。それなのに何故、今目の前から最も夢中になっている玩具を取り除かれられねばならない?
しかしアキラは終わりゆく世界で最後の遊びを見つけた。おそらく今までに行ってきたどんな遊びよりもはるかに面白いものを。
アキラは振り返って、電柱に縛り付けられた人影を見る。その人物はアキラの視線に気付くと身を固くした。アキラは無垢で無邪気な、新しい玩具を見つけた子供のように微笑んだ。近寄れば、縛り付けられた人間は叫ぶように「来ないで!」と叫んだ。アキラはその声を聞きうっとりと瞳を細める。余す所無く血で真っ赤な顔の下部に位置する唇が動いた。
「佐々木」
佐々木と呼ばれた少女は目を見開いて、恐怖に満ちた表情でアキラを見る。やめて、こないで、あんたとは昔に別れたでしょ、ねえ、やめて、来ないでよ、あんたなんて見たくないのよ、早くどこかに行って、ねえ、来ないで! 彼女は目から大粒の涙をぼろぼろ流し、手足を暴れさせ、首も大きく振って否定の意を表した。しかしアキラは微笑んだまま彼女の近づき、先程付着した老人の血を舐め取った。
「いいだろ、どうせ世界は終わるんだ」
終わる前に破壊しつくす。
世界と彼との競争の結末を知るのは白く乾いた太陽のみ。
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