私はカーテンを閉めて、曇った白い空を締め出した。暖炉では、別に寒くも無いのに赤い火が上がっていて、その前に善司さんが座っていた。
「芳子」
私は微笑んだ。
地獄の竜黙示録 2 煉瓦の川
「善司さん、そんなに薪をくべちゃ駄目よ。暑くなってしまうでしょう」
善司さんは慌てて灰を掻き出した。ふわっと火の粉が舞って、綺麗だった。
「芳子、こんな物を見つけたんだ」
私は善司さんの差し出す革表紙の本の表紙を捲る。そこには、私と善司さんが写っていた。
「あら、これ、高校の。懐かしいものを掘り出したのねぇ」
自然と私の顔は綻ぶ。善司さんは優しい瞳で私を見た。
「そうだ、芳子、ペスはお腹を空かせていないかね?」
私の動きが止まる。
「善治さん、ペスは死んだの」
心なしか私の声は震えていた。本当は勿論ペスは生きている。私は先程カーテンを閉める事で外界とこの幸せな場所とを区分したのだけれど、その間にはまだ私たちの愛犬、ペスが繋がっていた。
でも私の作る紅茶はペスさえ私たちの記憶から消そうとしているのだから不思議。私たちはペスをとても愛していたのに何故私は今ペスをいらないと思っている?
きっと、善司さんとふたりで、そっと最後を迎えたいのだと、そういう結論に至る。
赤煉瓦で出来たこの家は、あっと言う間に暖気が充満して、暑かった。また善司さんが薪をくべたのだ。
「善司さん、目を瞑りません?」
善司さんは微笑んだ。目尻に優しい皺が寄って、この人を一層愛しく思わせる。
「芳子、私たちはノアに選ばれたのかね」
涙が出そうになってしまった。善司さん、あなたはあの声を聞いてしまったんですね。
「この家は箱舟なのだね、そうなのだね」
ええ、ええ、そうなのですよ、私はそう言いながら涙が止まらなかった。この部屋は暑い。暖炉を見れば、これでもかと言わんばかりに薪が詰められていた。
ああ、なるほど、善司さん、あなたはこの、赤煉瓦で造られた箱舟に乗り、醜い瓦礫の川を渡って。私と共に、行こうとしているのですね。
「善司さん、私はあなたを愛しています」
「ああ、私もだよ、芳子」
涙が止まらない。暖炉から来る二酸化炭素で呼吸が苦しい。ああ、私は、
幸せだった。
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