3日まったくパソつけられませんでしたニコ
「はあ?」
俺は読みかけのずっしりと重いハードカバーの本、『ハリー・ポタージュの大冒険』からそれはもううざったそうに見えるように顔を上げ、目の前の男を睨みつけた。中年の男で、おでこがそれはもう気持ち悪くぬらぬらと光っていた。
「ですから、もにおしっていませんか?」
「・・・だれ、モニオ氏って」
中年男は「はぁ? あなた何言ってるんですか」と呆れた。その動作がちょっとムカッとくるものがあったので男の脛を少し蹴った。男は飛んで痛がった。
「あなた何言ってんですかって、こっちが聞きたいわハゲ」
「ハゲじゃありませんよ! まだ薄毛があります」
「それを薄毛と呼ぶのなら世界中の人間は毛まみれだな」
軽い軽蔑と哀れみを入り混ぜた視線を中年男に送ったら、男の癇に障ったらしく、男がアッパーを繰り出してきた。避けて踵落としを食らわせた。
◇◆◇◆◇
「申し遅れました私の名前はハーゲン・ダッツと申します」
「ハゲじゃねえか」
「ハゲじゃありません、ハーゲン・ダッツです」
このハゲのおっさんは「モニオ氏って居ますか?」ではなく「モニを知っていますか?」と言いたかったらしい。
「モニって誰?」
「それはもう美しい美しい娘ですよ。最近彼氏が出来たらしくて・・・哀しい限りです」
そうですかー、それは大変ですね年頃の娘を持つ父親ってのは、と返しながら、俺はこの父の下に生まれ出でてしまった娘(の、きっと少ない髪の毛)にひどく同情していた。きっとその子は生まれてきた瞬間は誰にも気取られずに済んだのに成長が進むにつれて「あら、モニちゃんもう2歳? 大きくなったわねえ、でも、髪の毛は・・・」と無遠慮な近所のおばさんに核心を突かれてひとり涙に明け暮れているのだろう。それを見た母親は「ごめんね、わたしったらなんであんな人と結婚しちゃったのかしら」ともらい泣きするのだ。そんな家庭事情を思い描いている俺に、男は一枚の写真を見せた。
「これが、うちの娘です」
写真を見て俺は驚いた。その娘は、超絶美人だったのである。大きなきらきら輝く瞳、ふっくらと形のいい唇、ほんのり赤みが差した頬、長い睫毛、そしてふわふわと毛の先の方で軽くカールしている豊かな髪の毛。どうやら娘は父親の血を全く継いでいないらしい。
「モニは私の妻の連れ子です。どうやら以前離婚した旦那さんがヨーロッパ人で」
ああ、と俺は納得する。道理で日本人離れしているわけだ、と。
「どうやらベッカム似の人だったみたいです」
「・・・・・・ベッカムはないだろう」
「ベッカムはないですか」
男と俺の周りを、何とも言えない重い空気が包み込む。植え込みの桜の木の枝で、烏がガアガア鳴いていて、その雰囲気を打ち破った。俺と男は同時にはっとして、それから決まり悪そうにそれぞれ頭を掻いた。
「・・・それで、そのモニさんは家出したんですか」
「はい、しました」
縮こまった親父というものは、まるで小動物のようだと思う。ああ、でも、かなり醜いか。
確かにあれだけ絶世の美女を語れて、彼氏を引き連れるような年頃の娘にとっては、毛根というものに見捨てられた親父は自らの恥部でしかないのだろう。どちらに同情していいものか、わからない。
「それで、結構私探し回ったんですよ。途中で私に同行してくれる心優しいご婦人もいらっしゃいましてね、こちらのマリーさんです」
「・・・すいません、マリーさんが見当たらないのですが」
「えっ!? あれっ、マリーさんん!?!?」
男は辺りを見回した。それから頭(つるつる)を抱えて、「ああっ! マリーさんは放っておくとどこに行っちゃうか分からない人なのにっ!」と叫んだ。大変な人をお供にしているらしいこの親父。確かにこれじゃあモニお嬢も嫌気が差すかもしれない。
「とにかく、そんな美人俺は知らないね。別の人に当たる事だ」
このままこいつらに関わっていたんじゃあ日が暮れる。俺は踵を返して颯爽と歩き去ろうとした。しかし、背後から声がかかる。
「すいません! マリーさんはいなくなってしまったようなので、あなたがマリーさんの代わりをしていただけませんか?」
「マリーさんはあなたの心からそんなに簡単に忘れ去られてしまう人だったんですか?」
「いえ・・・ただ、実質これからはあなたの様な力仕事が出来る人の方が良いですから」
「? どういうことだ?」
「前方を見てください。モニです」
俺は勢いよくそちらの方向に目を向ける。確かにそこにいるのはモニ、写真で見た美人だ。しかしその隣にいるのは・・・傷まみれの?
「ここいらのシマを取り仕切るギルです。あれがモニの彼氏でしてね。奪ってきて下さい」
「ムリムリ。ケガまみれじゃん」
「オイテメェ、何さっきからこっちにガンつけて来てんだよ?」
「おぁッギルさんこっち気付いた! いえ、このオヤジが・・・ってあれ? オヤジ? いねえ!?」
ファインディング・モニ
PR