タイトル怖いなあ
でも今ウハウハ気分ですから内容は暗くないです
わーい
読みかけの書類から目を上げて、あたしは彼を見た。彼とあたしの文机は隣り合っていたから、あたしの隣で必死に書類に目を通す彼の鋭い目や、筋張った大きな手や、怒りを溜めたようにきゅっと結ばれた口元が良く見えた。彼は、きっと覚えていないのだろう。
あたしはやりかけの書類を超マッハで終わらせて、席を立った。彼は見向きもしなかった。こっそり笑って、障子を開けて、あたしは部屋の外に出た。煙草の匂いがしない綺麗な空気だった。本当はここは都会だから綺麗なわけが無いのだけれど。
台所に小走りに行って、お茶を入れた。あまり熱いものが得意じゃない彼がすぐに飲めるように、ほんの少しぬるく。
そして、台所の戸棚から、そっと筒と箱を取り出した。お盆の陰になるように持って、台所を出た。
足取りが随分と軽い気がする。踏みしめる音はとんとんと弾んで、その音を楽しむ間にあっと言う間に彼の部屋の前だった。そっと障子を開けて、持っていた筒の紐を引っ張った。
「ぱんぱかぱーん! お誕生日おめでとーございまーす!」
ばごおおん、と間抜けな音がして、あたしの持っていた筒――クラッカーが爆発した。
「・・・・・・は?」
彼は呆れた、でもびっくりな表情であたしを見た。やっぱり忘れていたね。
「またひとつ、老人に近づいたお祝いです」
ぬるめのお茶を置いて、筒と一緒に台所から持ってきた箱を取り出して、彼に渡す。
「開けてみて下さい。これでも少ない頭で必死に考えました!」
彼は大きな手で慎重に箱を開ける。出てきたものを見て、切れ長の鋭い眼が見開かれた。
「腕時計?」
「お給料はたいて買ってみちゃいました。・・・嫌でしたか?」
「・・・全然」
彼は腕時計をつける。銀のバンドが良く似合っていた。
「それをつけると男前っぷりが増しますね! まるでラファエロ」
「・・・ごめん俺それ褒められてるのかどうか分からないわ様々な意味で」
褒められているんですよう、と笑えば、彼もつられたように笑った。
あたしは普段から神様を信じないたちだし、人を生み出すのは釈迦なのか菩薩なのかイエス・キリスト様なのか分からない。だけれど、こればかりは手の形をメガホンにして叫ばねばなるまいに。
「お誕生日おめでとう御座います。あなたが生まれてきてくれて、本当に良かった」
ありきたりな言葉だけれど許して欲しい。本当に感動する場面に出会ってしまうと、人間は何も言えなくなってしまうのだ。
彼をこの世に産み落としてくれてありがとう。彼の目が鋭くて、彼の大きな手が筋張ってて、彼がほんの少し猫舌になるように産み落としてくれてありがとう。
そういう、何てことない幸せこそ、人類が望むものだと、あたしは思うのだ。
人間欲望無尽蔵論(ループ)
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