とっても長いです。読むの放棄したくなります。
読み終わったからと言って格別な読後感があるわけではありません。
すいません。
攻める剣
飛び散った血は全ての方向に円を書くように等しく落ちたから、勿論俺の顔に、胸に、腹に、足さえも真っ赤に染まった。嗅ぎ慣れた鉄のつんとした匂いが鼻をついて、顔や体がぬめぬめした。いつもの事だから特に気にはしない。
素早く目を動かして、今から俺が屍にするのであろう者たちの数を確認した。そこまで多くは無かった。俺は刀を勢い良く振って、刀身に付着した血糊を落とした。その真紅の液体は、今度は円にならずに一直線に飛んで、先程俺が斬った男の投げ出された腕に付いた。
刀を目の前に翳すと、ここにあるほんの少ししかない光に反射して銀色がきらりと輝いた。なあ、相棒。長い間戦ってきた我が同士。獲物の血は旨いだろう。俺はいつしか笑っていたらしく、目の前の奴たちが引き攣った顔を浮かべていた。我が相棒よ、俺たちは破壊しか知らないな。守りたい、そんな夢事を語った時もあったかもしれないが、結局俺たちの手の中からは全て零れ落ちてしまって、何ひとつ残っていなくて、やはり破壊で生きる他俺たちに道は無いのだ、と思う。また笑みが零れたが今度は嘲笑だったから、俺の顔はそれはそれは醜いものだったのだろう。
男たちの中に躍り出た。男たちは一瞬の間、構えた。遅い。右袈裟で大きく払えば、面白いほど血が飛んだ。今度は円状だった。ああ俺は人斬りだ。ひとごろしだ。倒れていく人の中で、ひとり、血を頭から浴びながら笑う俺の姿はそれは恐らく鬼になっているだろう。しかし俺には鬼になる他何も残されてはいなかった。時々思う。鬼でも大切なものを守れるのだろうかと。破壊して破壊して破壊して、最後に、俺の背中にしっかり隠してあった大切なものがまだあるのならば、俺はきっとこの行為をいつまでも続けられるのだろう。
頭がいきなり強い力で殴られた。同時に脇腹に鋭い痛みを感じた。斬られたな、と思った。俺は笑った。今度は戦いが楽しくて笑った。笑いながら斬った。斬られた。俺の体は相手の血と自分の血でそれはもう真っ赤に、どろどろに、まさに赤鬼のよう。
否、獣か。獣だ。狼のような。貪欲で血に飢えた、狡猾な。
本当にこの手で守れるものがあるのだろうか。しかし俺はそれを信じ続けて人を斬る。この手は真っ赤だ。業に満ち溢れて真っ黒だ。赤黒い。それは血の色だ。
斬り斬られ、憎まれ憎む。それが俺が鬼として生きていくために掲げた条件。鬼であるための決まり。そしてああ、血が飛び散る。それが自分のかどうかも知らず。塗れて笑う。赤い液体。嗅ぎ慣れた鉄の匂い。ぬるりと重い、不吉の黒い服。
そして俺は斬って笑い、斬られて笑い、殴って笑い、殴られて笑い、憎んで笑い、憎まれて笑うのだが、全てが終わった後、こっそりひとりで零す笑いは嘲笑なのだろう。あざけりわらう。なかなかどうして、俺に似合っているとは思わないだろうか。
とりあえず今俺の顔は自らの血と先程斬った奴たちの血でいっぱいに赤くなって、まるで絵の具の朱を顔にぶちまけたかのようだった。服は水分を含んだ重い赤黒い血でべとべとになっていたし、腕も、刀を握っている手が血でぬるぬるして滑りやすくなっていたからしっかり刀を握っていた。俺の刀は破壊の剣。何かを奪い、傷つけるための剣。
攻めて攻めて攻め続けろ。そして背後に庇ったたったひとつ、それだけは、死んでも守れ。
護る剣
うつくしいのかなぁ、と毎回思う。遠くから見た人間の命の証が舞い上がるあの瞬間はとても美しいけれど、近くで見たら、あれは人殺しの証なのだ。現にあたしの頬には今真っ赤で、でもどこかどす黒い血がばたばたと降り注いできた。あたしは少し顔を顰めた。
左を見れば、むき出しのぎざぎざの刀を持った人たちが見えた。ああ、低俗。あんなにぎざぎざ、あれでは刀がかわいそう。刀を構える向きだって、もっと切っ先を斜め上に構えるべきだし、その持ち方では、切れない裏で攻撃する事になる。本当に無知は美しくないんだから。きっとそんな様子では、人も殺した事が無いんでしょうね。あわれなひと。
あたしはあの赤い血潮が巻き上がる瞬間を見るのにそこまで快感を得る性質じゃなかったから、柄と鞘で丁寧に伸してあげた。これであたしはあの人たちを殺さなくて済むし、あの人たちも、人を殺さずに、済む。
でも、あたしの隣にいるこの人は違った。ずばずば斬って、ずばずば斬られて、だらだらと血が流れて。自分の血と返り血で真っ赤になった顔は、嬉しそうな表情を浮かべていて。
あなたは人を斬るべきだ、とあたしは思う。あたしには血も感情も無いのだよ、きっとあたしを切ったら得体の知れない青い液体と、残りはあなたへの愛がいっぱい出てくるに違いない。人を斬って、人に斬られている時のあなたはとても嬉しそうで。ああ本当にこの人はここでばったり倒れてお彼岸の向こうへ旅立ってしまっても幸せなんだろうなと思う。ただしそれはあなたの願いであたしの本心はもうちょっと生きていて欲しいなーだから、あたしはあなたの隣で刀を振るいます。あなたを傷つけようとする、悪い奴らからあなたを守り通して見せます。
あたしはいつも心のどこかにブレーキをかけている。リミッター? 抑制機? そんな感じのもので、これを外したらあたしは本物の鬼になるのだ。この、隣の人と同じように。あたしは襲い来る刀をそっと受け流した。受け流して、頭を突いた。運良くそこで倒れてくれる人もいたし、そのままよろめきながら前進して、あなたに斬られる人もいた。
ねえこれでいいと思いませんか。あたしが恨みを全部買ってあげます。憎しみとかそういうものを全部あたしが背負って、あたしは真っ黒になるのです。その代わり、あなたは人を斬ります。たくさん。斬られながらも斬り返して、血で真っ赤になるのです。ああそれはうつくしいなあ。いいかも、それ。
あなたのその刀は一体、何のためにあるのでしょうねえ? あたしは勿論、あなたのためにありますよ。あなたは勝手に全部背負い込んでしまうから。憎まれ役まで、買って出てしまうから。あなただけがぐちゃぐちゃの赤黒い色になってしまうのは少し寂しいから、黒い部分だけでも、あたしにちょうだい?
あたしは一生懸命あなたを守ります。あなたは一生懸命人を斬ります。これは矛盾しているのでしょうね。守られる人が他の人の命を奪うなんて。でも、あなたはそれを望んではいません。あなたはいつでも自分で自己完結したがるから。自分だけの力で、本当は自分だけじゃ守りきれない大きなものを守ろうとしてしまうから。でもですよ、そんなあなたをあたしは守りたいと思うのです。あたしの刀はそのための刃なのです。
わたしたちはおたがいをまもって、それぞれのふたつのけんで、せんじょうをいくのです。
攻める剣と護る剣、
戦場で散る色は何色か
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