とろとろと溶け出してしまいそうな暖かい陽だまりの中で、今私は寝ている。窓辺に吊るしてあったステンドグラスがきらきらと日光を浴びて色付の影を私が突っ伏している机の上に落とし、机の上に逆さまの女神様を作った。でも私は寝ているのでそのきらきら日の光に透かされて輝く女神様のお姿を拝む事はできずに、ただただ夢の中をさ迷うのみだった。私の記憶では、結構いい夢を見ていたらしく、目が覚めてときに思わず「ちっ」と舌打ちをしてしまった。しかし私には机の上の女神様に気づき微笑む時間すらなかった。なぜなら、私を叩き起こした甲高い悲鳴のようなベルはまだ止まないからだ。まったく、日曜日の午後に電話するだなんて、気が狂っている。お得意の持論を繰り広げながら渋々私が電話に出ると、聞き慣れた渋い声がした。こういうの、なんて言うんだろう。ダンディー? ハードボイルド? そう、ハードボイルドだ。
ハードボイルドな声はまず私を叱咤する事から始まった。なんだその眠そうな声は、さてはまたてめえは寝ていたなチクショウジーザス! 日曜日の午後、しかもこの天気! なぜこの日に出かけようとしないのか俺様は不思議で不思議でならないぜ! みたいな、ちょっと俺様はやりすぎな脚色だったと思うけれども、まあ部分要約すればこういう感じの事を電話の向こうのハードボイルドは軽く10分はした。私もちょっと耳が痛くなった。向こうも中々唇が腫れてきたらしく途中から仕切り直したかの如く説教が消え去った。
そこからは説教とおんなじ「せ」で始まる説得? そういう感じの事にハードボイルドは精神を注ぎ込み始めたようで、散々私に外出を求めてきた。私は出不精だ。未だ嘗て私を外出に誘ってきた者など、いない。
私がハードボイルドとの電話に忙しい間に、日はほんの少しだけ傾いて、女神様はどこかに引っ込んでしまった。ステンドグラスだってもうさっきみたいにガラス全体に日光が照り付けられてきらきらと輝いているのではなく、私が先程まで突っ伏していたあの机でさえ太陽の暖かいご寵愛から外されてしまったようだ。
私は少し、哀しくなった。
もう一回受話器をちゃんと耳に押し当ててみれば、なんだ、ハードボイルドと名前をつけただけあって中々どうして渋い声だった。怒鳴んなければ悪くない。格好いい感じだ。容疑者の家の外でアンパン食べてそうな声だ。ああそれこそハードボイルドか。私にはもう今日の分の太陽に包まれながらの昼寝の時間は奪われてしまった訳だ。上等。なら、このハードボイルドと共にこの国の未来について語り明かそうではないか。強ち悪い案ではないと思うな、そうじゃない? ああ、かわいそうなハードボイルドめ。君は本日私の道連れにセレクトされてしまったのだよ、恨むべきは神だろうね。それは、仏か釈迦かイエスキリストか? ほんのすこうしだけ気になったが、まあ、いいや。
太陽はいよいよ下降を始めたらしい。ハードボイルドな声は受話器から絶える事無くひっきりなしに響くので私は不覚にも笑ってしまった。窓辺に吊るされたステンドグラスに象られた女神様のような優しい微笑みだっただろう今のは。誰も証人がいない事を少し残念に思った。
「電話してくれて、ありがと」
別にさして意味は無い事なのだが、まあその何だ、今はこれを言っても良いと思われる。
午後の光はもうあの大きな窓には映し出されないけれど、まだ私が先程まで突っ伏していた机にはちょっとだけ太陽のあったかいにおいが染み付いているのだろう。それを思ったら、満足した。
Shine!
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