えーと、前回しつこくくっちゃべっていた連載です。
4話完結です。
長いので、読んでくれるという心優しい人は覚悟してください。
時々、世界が「ブレる」。
それは、彼女が死んでからだ。
それほどにショックを受けていたのか、と驚いたが、
最近、そうではないような気がする。
ブレた世界に映る、懐かしい香りを纏う景色と少女。
Refrain 1 ブレる世界と緑の瞳の女
平凡な生活も、一気に崩れ落ちるものだなぁと思う。
今の自分は真っ黒な服を着て、目の前にある写真に手を合わせている。
気立てが良くて、料理がうまくて、かなり美人。
そんな人を嫁に迎えられた時点でかなりラッキーだ。
だけど、そんな彼女が倒れたのが先月の事。
一瞬、具合がとても良くなって、医者にも家に帰って良いと言われたので、そのまま帰宅。
ところが、そのまま朝冷たくなってた。
今思えば、こいつは神様とやらがアイツにくれた最後の「幸せ」だったのかもしれない。
誰もいないな、ホントに。
靴を脱ぎながら、がらんとした室内に笑って見せる。
この家は古くからの名家らしく、とてつもなく広い和屋敷だ。しかし最近は衰退の一途を辿り、親戚は全員都心へ移動。アイツとの二人暮しだった。
もしかして、お前、すごく寂しかったんじゃないか。
静かな廊下を歩く足音がする。病院へ勤めている間、アイツはずっとここに一人だった。それは、計り知れないほどの孤独と過ごしていたのでは。
・・・ごめん。
心の中で謝った瞬間、世界が揺らぐ。
膝をつき、倒れそうになった体を手で支える。またか。
最近、しょっちゅうこれが起こる。そして、瞳に映るのはいつも・・・・・・
***
『おはよう』
少女だ。今と変わらぬ、この屋敷の縁側に腰掛け、こちらを見て笑う。
『どうしたの? 具合でも悪い?』
少女の顔は、影で覆われて見えない。
『ごめんね。でも、もう少しだけここに居させてね。もうすぐ会えなくなるから』
雑音混じりの少女の声は、意識と共に消えた。
***
「院長! 院長!」
声がする。寝ぼけ眼を擦り、なに、と唸るように吐き出す。
「それが・・・病院の外に女性が倒れていまして」
医者であるこの血は、まどろみんでいた脳を完全に覚めさした。
名前は、と尋ねてみても、住所は、と尋ねてみても、応答は無い。
迷子の子猫じゃないんだからと呟きながら女の顔を見る。
長い睫毛。薄桃色の唇。初めて見たときの印象は、ただただ「美しい」だった。
女はほっそりとした首を回し、病室の窓の外を見た。
つられてみれば、雲ひとつ無い晴天。
これは良い天気だね、とのんきに考えつつ、
君の名前は空だから。
とだけ言って部屋を出た。
***
『今日はさ、良い天気だよね?』
少女。
『本当、ここに来れて良かった』
白い、眩しいワンピース。
『私、あなたを覚えていられたらいいのにね。次に遭った時には忘れているなんて・・・』
何を、言っている?
『ああ。心配しないで。私の記憶は――』
その先は、耳に入る事無く終わった。
***
「私は・・・?」
正直な話、女が日本語を話せたことにほっとした。
「空。食べるかい?」
「空?」
女は聞き返す。翠の目は、ビー玉よりも透き通っていた。
「今日から君の名前は空だよ。君が答えなかったんだから、仕方が無いでしょ」
「空・・・」
女は言葉を反復する。
「どうしたの?」
聞くと、女は目元を緩めた。
「いえ・・・どこかで聞いたような名前で・・・」
「そう?」
思いつきで付けた名前だから、分からない。
ただ、空、この名前にはとても大切な何かが隠れているような気がした。
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