この話、気にっているんですけど、わかりにくいんですよね。
掲載を4話からする事で1話から読めるようにしました。
Refrain 2 揺らぐ記憶と確信
立ち上がる煙に手を合わせながら、上目で仏壇の写真を覗き見る。
そこで微笑む彼女は、自分が知る限り最も美しい、大切なもの。
失ってしまったという自覚がまだ湧かない。
また眩暈がする。額に手を付き、俯く。
そこで見えた仏壇には、アイツではなく、数年前に飾ってあった祖父。
そこにはまたも少女。
***
『ほら、男の子が泣かない! もちろんさ、お爺さんを大切に思う気持ちも大切だけど、そんなに泣いて心配されたんじゃお爺さんもちゃんと天国に行けないよ?』
少女の手がこちらに伸ばされる。
『さ。向こうに行こう? お爺さんに最後の挨拶に行かなきゃ』
おかしい。
これはもしや、祖父が死んだときの記憶では?
祖父は孫を良くかわいがり、俺自身も自分の親が嫉妬するほど祖父に懐いていた。だから、葬式の日は大泣きしたのだ。
だからこそ、あの日起こったことは全てが鮮明に記憶されている。
だとすれば、あの少女はいったい?
***
「空、元気かい?」
病室の椅子に腰を下ろすと、女は綺麗な翠の目でこちらを見てきた。
「ふーん・・・食事も食べているようだし、いたって不健康なところは無いようだね」
「はい。なんだか気分もすっきりして」
女は笑った。笑うと余計に美しかった。
「じゃあ、外でも散歩に行こうか? 今日は天気もいいし」
手を差し伸べると、女はきょとんとした顔でその手を見る。
「どうしたの?」
「いえ・・・何か、以前もこういうことがあったような・・・」
「へえ。思い出した?」
女はどうも記憶をまるまる失ったらしい。しかし言葉はきちんと覚えている限り、人間の知能の難解さを示している。
「・・・いえ。でも、頑張って思い出してみますね」
「あんまり無茶しちゃ駄目だよ。ゆっくりでいいからね」
「はい」
日の光が差し込む庭を、女と共に歩んだ。出会ってから始めての外出なのに、女からは日溜まりの良い匂いがした。
***
『猫を庇ってずっと立ってるからだよ』
ふう、と息を吐く音。
『一回くらい反対されたからって何なの! しつこく粘ってけ、男なら』
日が直接顔に差して、眩しい。
『・・・っと、そうじゃなかった。大丈夫?』
大丈夫じゃないよ。全くね。
***
「珍しいですね、院長が風邪なんて」
「・・・悪い?」
力を振り絞って睨むと、研究員はにこにこ笑いながら部屋を出て行った。
・・・思えば、何で病院に来たんだろう?
熱でぼーっとした頭で考える。その時、また部屋のドアノブが回った。
「失礼します」
女だった。女はきょろきょろ部屋の中を見渡している。
「・・・何の用」
唸るように言うと、女は肩を飛び上がらせる。
「あっ、勝手に入ってしまってすいません・・・ただ、風邪をひかれたって聞いたので」
「大丈夫だよ、何も心配することなんて無いから。空は自分のことを一番に考えなよ」
事実、散歩ができたからといって、また何かのことがあって倒れられたのでは堪らない。
空は目を伏せ、すみませんと言った。
「まあ、いいけど」
青空の中浮かぶ雲の流れが速かった。
***
「あれま、もう風邪治っちゃったんですか」
「悪い?」
病院の構内。残念そうに声をかけてくる研究医を前回と同じ台詞で睨みつけると、引きつった笑みを浮かべて廊下の彼方へ消えていった。
あれから一日で風邪は全快。それどころか頭も冴え渡り、いつもより調子がいいかもしれない。
しかし、昨日のこともあってか、病院の職員全員が家に帰したがった。
「帰って、もっかい安静にした方がいいですよ」
病院は好きだ。だから今日も働いてもいい、と思ったのだが。
突然の眩暈がした。
***
『無理するからだよ? ほら、今日は安静にしてる!』
少女の声。相変わらず少女の顔は影に遮られて確認できない。
『なんでそんなに体引き摺ってまで学校行くかな』
そんなの、学校に行くのが義務だからに決まっている。
『あたし、もう行かなきゃ。じゃあしっかり寝るように!』
ぱたぱたと少女の足音が遠ざかる。普通、ここでブレは止まるのだが、今日は違った。
『・・・あの』
声に振り向けば、そこには白いワンピースの少女。
彼女の顔を見たとき、言い様の無い不安に襲われた。
***
「・・・・・・」
気が付けばそこは家だった。しっかり布団が敷いてあって、その上に寝ている。
枕元を見れば、眼鏡の側にメモが置いてあった。
“急に倒れたので驚きました。今日はゆっくりしてください”
メモを畳み、起き上がる。軽くふらついたが、大した事は無い。
立ち上がると、目の前に仏壇が見えた。その中に飾られた写真を見たとき、言い様の無い不安がやって来る。
そう、あの幻の中で見た白いワンピースの少女は彼女だったのだ。
「・・・何故?」
何に対してそう呟いたのかは自分でも分からない。
PR