時々自分が非力だって、思うこと、あると思う。
現に僕は、この前そんな体験をしたのだから。
あの時出された紅茶が、真っ赤だったことを一番よく記憶している。
少女は、白い首を傾けて、こっちをずっと見ていた。
「で? 思い出したの、あなたは?」
少女の声は遠くからも近くからも聞こえてくるみたいだった。その声の響き、どこかで聞いたものにそっくりだったくせに、僕には分からなかった。悔しいな、それ。それを思い出せたら、何だか今僕が求めている答えも見つかる気がしてならないのに。首を振ったら、彼女は嬉しそうな、なのに悲しそうな、怒っている様にも見える顔になる。
複雑な顔をする生き物だなぁ。
「わたしの名前を早く思い出さないと、間に合わなくなる」
「何に?」
彼女は答えてくれなかった。ただ、こっちを見ているだけだった。
彼女の顔はどこかで見たことがある顔だった。白くて、ふんわりしていて、かわいらしいけどどこか気品満ち溢れる、凛とした。絶対にどこかで見た。なのに、名前が思い出せないとは、何たる恥だろう。僕は奇遇にも、気位が高かった。
「大体不公平だよ。君は僕に君の名前を答えろと言ったくせに、君は僕の名前すら知らないんだろう? そんなの、不公平だ。そんな奴の名前なんて当てたくないね」
僕が腹立ち紛れにそう言い切ると、彼女はまたあの複雑な顔をした。
「あら。あなたは本当にわたしの名前を忘れてしまったのね」
そして、ほんの少し目線を空にやる。楽しそうなのに憂いを含んだ表情で、彼女は呟いた。
「もう時間切れよ。わたしはひとつしかいないのに」
ぱっと、目の前が白くなって、いつも通りの小道に僕は立っていた。
足元に咲くのは、
「鈴蘭だ」
僕は言った。妙に涼しい風が吹いた。
その風に吹かれて、ぱっと鈴蘭のふうわりした白い花びらが散った。
「私の名前を早く思い出さないと、間に合わなくなる。わたしはひとつしかいないのに」
耳の奥で、声が響き渡った。僕は知らずの内拳を握り締めていた。
ぽん、と小さな草の根元に落ちた黒い粒を拾って、僕は笑った。さっきの君みたいな表情になってしまったと思うよ。ねえ、僕は非力だけど、今度はきちんと咲かせるから。
「君はまだ死んじゃ居ないんだよ」
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